NMB用語辞典 その3 補足

我ながら情けないのですが、絶対に外してはいけないもの(特に俺自身が外してはいけないもの)を、サ行で抜かしていました。

でも、考えようによっては、とんでもない文章量になるのが目に見えているので、こうして補足にしてよかったのかも(と、自分を慰める)。

では、補足です。

想像の詩人

NMB48の2ndアルバム「世界の中心は大阪や〜なんば自治区〜」の劇場盤に収録されている研究生楽曲と、2014年10月24日から2015年3月18日まで行われた研究生公演を指す。

そもそも、NMBの研究生は16名以上在籍し、「青春ガールズ」公演を研究生公演として行っていた。

しかし、AKB48グループ大組閣の際に、渋谷、川上(千)、三浦が昇格し、中川が卒業したことにより、13名体制になってしまった。

このため、公演の維持のために、正規メンバーからの応援を毎公演ごとに仰ぐ形になったうえに、大組閣前に発表された研究生楽曲「一週間が全部月曜日なら」や「サングラスと打ち明け話」を披露する機会さえ失われる現状になってしまっていた。

さらに研究生のリーダー的存在であった中川の卒業により、研究生そのものの結束に揺らぎが生じ始めているのが見て取れる状況にまでなった。

そこで、4期生の年長者である山尾が中心となり、再結束を呼び掛け、運営にも具申するようになった。

それが実ったのが、2014年の春から行われていた全国ツアーにおいて、神戸国際会館でのコンサートを、研究生だけで行うことになったのである。

そうした努力もかなわず、高山が卒業発表をしてしまい、研究生は12名体制になってしまう。

神戸のコンサートも、12名で行うことになったのだが、この前後に収録された「想像の詩人」(12名体制で最初の楽曲)の完成度の高さとともに、研究生だけで神戸国際会館を満員にしたことなどが評価され、2014年9月29日に行われた横浜でのツアーファイナルにおいて、研究生新公演が発表されたのである。

1か月にも満たない準備期間の中、運営と協議を重ねてくみ上げたセットリストは、NMBにアルバム曲やカップリング曲を中心にしながらも、彼女たちのあきらめない姿勢を明確に表すメッセージが込められ、2014年10月24日の初日公演直後に、その完成度の高さにNMBのファンだけでなく、多くのファンから衝撃を持って迎えられるものであった。

これは、総合プロヂューサーの秋元康の元にもすぐに飛び込み、755で「公演タイトルを公募しよう」との提案がなされた。

秋元康が直接タッチしていない公演セットリストにおいて、このような発言が出ること自体が異例であった。

(のちの本店における有名人セットリスト公演にも影響を与えてものと思われる)

そして、この公演の核となった楽曲が、「想像の詩人」であった。

それまで、この曲に触れることがなかった人にも衝撃を与え、公演の完成度と共に一気に知名度を上げることになる。

そして、それまで無名公演(「NMB48研究生公演」とされていた)であったのが、12月5日には「想像の詩人公演」として、正式にタイトルがつけられた。

同時にAKB48劇場での出張公演の発表、NHK-BS3の「AKB48show」での楽曲披露と続き、翌2015年1月に行われたAKB48リクエストアワーにおいて、37位にランクインする快挙も成し遂げる。

さらに、この奇跡は続く。

2015年2月に行われたNMB48アリーナツアーの2日目、大阪城ホールでの公演において、悲願であった研究生全員昇格まで成し遂げてしまった。

そして、全員昇格発表の1か月後の3月、ついに千秋楽が発表され、3月18日、たった15回しか上演されなかった伝説と奇跡の公演が終了した。

しかし、ここで奇跡は終わらなかった。

8月に行われたNMB48リクエストアワーで、圧倒的な票差で、1位に選ばれたのである。

既に卒業していた照井穂乃佳(実は彼女この1年前から卒業を模索していたのを知っている)も含め、12名が一堂に会し、思い出の神戸の地で披露したのである。

この「想像の詩人」は、NMBの歴史を語るうえで、絶対に外せない要素である。