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戦後の恋愛劇の原点となったと思われる“名作”を鑑賞。デビッド・リーン監督「逢びき」(1945)。

今まで見なかったのは、モノクロだし僕にとってたいしたスターも出ていない映画だったからです。他意はありません。でもいきなり急行列車が疾走するシーンにはびっくりしました。あんなスピードで通過駅を駆け抜けていいものか? そしたら機関手は撮影クルーたち(とくにその照明)に気兼ねしてスローダウンしたところ、デビッド・リーンがもっと速く走れと命じたらしい。

物語はイギリスのある駅にある喫茶店から始まります。駅員(スタンリー・ホロウェイ)が女主人をからかいに来ると、その向こうのテーブルに思いつめたようなカップル(セリア・ジョンソンとトレバー・ハワード)がいる。深刻そうに見えた二人のところへ、女性の知人が無遠慮に割り込んできます。そんな滑り出し。

ハワード扮する医師アレックが別れ際、人妻であるローラ(ジョンソン)の肩に手を置きます。これには驚きました。なぜかというと、その置き方に込められた思いと、仕草そのものが「キャロル」のケイト・ブランシェットにそっくりだったから。実はこのファーストシーンは「キャロル」同様ラストにも繰り返されますから、「キャロル」が「逢びき」の構成になぞらえたに違いありません。

時代設定は戦前ということらしいのですが、そもそも1945年であっても人妻の浮気は罪深いとされていました。←撮影は1944年ですから、ドイツ軍の爆撃を心配しながら行われたようです。クランクアップの1945年5月8日には、ドイツ降伏の祝賀会を兼ねて打ち上げが行われたそうです。

デビッド・リーンという人は、一度使った手法をまた使うことがよくあるようで、この映画では列車に乗った女性とホームの男性の別れを描きましたが、それを「旅情」で用いています。また「旅情」では街を歩くキャサリン・ヘップバーンに一人称カメラを使い、それを「アラビアのロレンス」のアンソニー・クエイル登場シーンで再度用いていた。

「逢びき」の撮影はロバート・クラスカーで、クライマックスの駅の場面では、ローラの気持ちを表すためかカメラを傾けていました。でも僕は「第三の男」で嫌というほどカメラを傾けていたのを知っているから、おいおいという感じ。しかし、いけない恋だと自分に言い聞かせながら、気持ちがそれを裏切っていくことを見せるシーンで、ホームを走るローラを追うトラック移動は見事でした。

それとアレックがローラとの逢引きに友人宅を使うという設定が、ビリー・ワイルダーの「アパートの鍵貸します」を生んだのだそうです。他人の映画から“パクる”という行為は、このように発展的に利用されるべきですね。あるいは21歳の時にこの映画を見たロバート・アルトマンは、ぼろぼろと泣いてしまったらしい。

とにかく86分という短さがすてきです。単刀直入、単純明快、見ればわかる映画。人妻の倫理観なんか、今の僕から見たら気にすることではありません。でも国を挙げて戦争をしている時代に、よくこんな内容の映画を作ったものですね。それには感心してしまいます。