『鶴ヶ城』

歴女(レキジョ)に目覚めたのかと思いました。

我が娘が突然「お城が見たい!」と言うのです。

「うぇ〜ッ、ディズニーランド今からムリぃーーーー。」と思い、

今までの娘の趣向から当然「シンデレラのお城とか?」と問うと、

「ん〜ン。『真田丸』みたいな日本のお城!」と言うのです。

「マジか!」

確かに、今年のGWはノープランで迎えてしまったしなぁー。

と言う事で、新潟県内の新発田、村上、長岡、高田 e.t.c.の城跡も考えましたが、子供がイメージする様なお城とはおそらく「大きな天守閣!」なのだろうと思い、近隣の車で1h程(高速道路)で行ける、会津若松城(通称:鶴ヶ城)へ急遽行って来ました。

9年振りに訪れた鶴ヶ城はその雄大な姿に変わりは無く、GWともあってか多くの観光客で賑わっておりました。

<9年前の日記です>↓

http://SNS.jp/view_diary.pl?id=996490110&owner_id=6542988

実際に訪れて気付いたのですが、お城の屋根瓦が黒から赤に葺き替えられてました。

2011年の工事だったとパンフレットに書いてあります。

いつの時代の鶴ヶ城なのかは定かではありませんが、史実に従った改修なのでしょう。

「白い漆喰の壁に赤い瓦屋根・・・。」

紅白の巨大建造物とは、当時の会津城下では目立ってしかも縁起の良いシンボルとして、民衆の誇りとなっていたのではないかなぁ?と思いを膨らませて拝見しておりました。

そして「なるほど!」と気付きました。

何故『鶴ヶ城』と呼ばれるのかを!!

単純に長寿を祈願して「鶴の様に」と思っておりましたが・・・、

・石垣(足元)の「黒」、・白壁(身体)の「白」、・瓦(頭頂)の「赤」

そう!まさにコレが「鶴のように美しいお城」=『鶴ヶ城』と称される所以なのだぁ!と。

自身が小学生の頃修学旅行で訪れ、また家族旅行で訪れ、今の今日まで何故「鶴ヶ城」?と疑問にも思わずにおりましたが、本日「自己解釈」ながら納得しました。

もちろん、城内も見学して来ました。

五層(5F建)の天守閣は、1Fからそれぞれ各時代ごとの展示がなされており、娘が釘付けとなっていたのは、2Fの歴代城主の鎧兜・刀・槍・火縄銃などの展示品と3Fの戊辰戦争時の白虎隊の自刃絵図だったようです。

そして最上階から持参した双眼鏡で、市内や近隣の山々を眺めるのにご満悦の様子でした。

当日城内敷地では「蒲生 氏郷 (ガモウ ウジサト)」公が考案した「楽市・楽座」をモチーフにした屋台村など、趣向を凝らしたイベントもありました。

ちなみに・・・

よく大河ドラマとかで「○万石!」と大名のレベルを指す呼び方があるじゃないですか。

(Ex.「加賀百万石」とか・・・。)

城内ガイドのおじさんが解説しているのが聞こえたのですが、「一石(イッコク)=大人一人の年間消費のお米量」だそうで、今で言うところの「年収」でしょうか。

米の量で言うと「2表半」だそうです。

そうすると、上杉家統治時代には「会津120万石」と言われた訳ですから、120万人を雇用できる程の財力を持っていたと言う事になりますね!

その後の上杉家は、徳川家と対立して縮小せざるを得なかったのですが・・・。

てな事で、娘の何気ない興味の矛先が、自身の勉強・発見になった2017年のGWのひと時でした。

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